1. 一杯の酒から見える景色
日本酒を一口飲んだとき、私たちは何を味わっているのでしょうか。
アルコール度数や香り、キレの良さ——もちろんそれも大切です。けれど本質は、その奥にある「土地の記憶」ではないでしょうか。
水、土、米、そして人。
日本酒は、その地域に根づく自然環境と、長い時間をかけて磨かれてきた職人技が凝縮された“土地の物語を味わう一冊の本”のような存在です。和食とともに世界から評価されている理由も、決して偶然ではありません。
今、この日本酒と和食が、地域ブランディングとサステナビリティを結び直す存在として、改めて注目されています。
2. Why Now?――市場環境が示す転換点
まずは、少し俯瞰して市場を見てみましょう。
日本酒の輸出額は、2024年時点で約435億円(*1)。数量自体は大きく伸びていない一方、金額ベースでは明確な成長を続けています。
これは何を意味するのか。
答えはシンプルです。
「安く売る日本酒」から、「価値を語れる日本酒」へ、市場がシフトしているのです。
背景には、いくつかの構造変化があります。
- ストーリーや背景を重視する海外消費者の増加
- 富裕層・環境意識層による「選ぶ消費」への移行
- 地理的表示(GI)制度(*2)による産地ブランドの確立
「GI山形」「GI灘五郷」などの取り組みは、単なる品質保証にとどまりません。
“地域そのものをブランド化し、法的に守る”という点で、中小の酒蔵が単独で戦うのではなく、地域一体で世界市場に向き合う戦略を可能にしています。
また、インバウンドの質も変わってきました。
訪日客は、ただ“飲む”だけでなく、造る現場を見たい、農業に触れたい、その土地の人と話したいと考えています。
ここに、飲食・観光・農業を横断したコミュニティビジネスの可能性が生まれています。
3. 日本酒は「循環型経済」の縮図である
SDGsやサステナビリティの文脈で、日本酒造りほど本質的な事例は多くありません。
日本酒は、もともと循環を前提とした産業です。
● 米作りから始まる循環
多くの酒蔵は、契約農家や自社田での米作りに関わっています。
耕作放棄地の再生、棚田の維持は、景観保全だけでなく、水源涵養や生物多様性の保全にもつながります。
● 捨てるところがない醸造工程
酒造りで生まれる酒粕や米ぬかは、
- 肥料として田んぼへ戻す
- 家畜の飼料として活用する
- 発酵食品や菓子、化粧品にアップサイクルする
といった形で再利用されてきました。
最近では、酒粕を原料にしたクラフトジン(*3)や、ヴィーガン食品への展開(*4)など、付加価値の高いアップサイクルも進んでいます。
● エネルギーの地産地消という挑戦
さらに注目すべきは、エネルギー分野です。
水資源に恵まれた立地を活かし、小水力発電や太陽光を導入し、再エネ100%酒造りを目指す酒蔵(*5)も登場しています。
これは単なる環境配慮ではありません。
欧米の環境意識が高い層にとって、「どう造られているか」そのものがブランド価値になる時代なのです。
4. 酒蔵は「地域のハブ」になる

日本酒のもう一つの価値は、人をつなぐ力にあります。
酒蔵は、
- 農家
- 職人
- 観光客
- 地域住民
を結びつける、地域コミュニティの接続点です。
祭り、蔵開き、仕込み体験。
そこには、効率や合理性だけでは測れない「関係性の経済」が存在します。
この構造は、Brightが大切にしている
「出会いから価値が生まれる」という考え方とも重なります。
5. 伝統を守るためのイノベーション
もう一つ、見逃せない変化があります。
それは、若手蔵元の台頭(*6)です。
IT企業出身者やUターン人材が、
- データを活用した品質管理
- D2Cによる直接販売
- SNSを活用した世界観の発信
を取り入れ、酒蔵経営をアップデートしています。
彼らが示しているのは、
「伝統を守る=変わらないこと」ではないという事実です。
むしろ、守るためにこそ、変わる。
この姿勢は、20〜30代のビジネスパーソンにとって、自身のキャリアやライフワークを考える上でも大きなヒントになるはずです。
6. 「Bright」な地域社会へ
日本酒と和食は、過去の文化ではありません。
未来をつくるための資産です。
地域に根づく資源を、
- 誇りを持って語り
- 次の世代につなぎ
- 世界と共有する
そのプロセス自体が、持続可能な地域社会を形づくります。
酒蔵を起点にしたコミュニティビジネスは、
経済性と社会性、そして人の幸福を同時に育てる可能性を秘めています。
7. 結びにかえて
最後に、読者のあなたに問いかけたいと思います。
あなたの仕事や、あなたの地域にも、まだ再定義されていない「資産」は眠っていないでしょうか。
日本酒がそうであったように。
静かに、しかし確かに、価値を蓄えてきたものが。
それに光を当て、未来へつなぐこと。
それこそが、私たち一人ひとりにできる「Bright」な挑戦なのかもしれません。
*1 財務省貿易統計 / 日本酒造組合中央会
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000073.000083559.html
*2 酒類の地理的表示一覧(国税庁)
https://www.nta.go.jp/taxes/sake/hyoji/chiri/ichiran.htm
*3 エシカル・スピリッツ株式会社
https://ethicalspirits.jp/
*4 醸造のまちの ヴィーガンカスタード
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000006.000049728.html
*5 SAKERE100プロジェクト
https://sake-re100.com/
*6 haccoba -Craft Sake Brewery-(福島県)
https://sou-sou-fukushima.jp/spot/2003
名古屋大学大学院修了後、外資系電機メーカーでグローバル営業に従事し、アジア・アフリカでの日系企業の進出支援に従事。現在は合同会社エネスフィア代表および株式会社BrightのCSOとして、SDGsビジネスマスターや脱炭素アドバイザーなどの資格を活かし100社以上の中小企業支援に実績。さらに、BSIジャパン認定アソシエイト・コンサルタントおよびB Corp認証取得支援コンサルタントとしても活躍中。





















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