“フェアな農業”はどうつくる?人権・ジェンダー視点から見る国内外の課題と可能性

はじめに ― “人にも地球にもやさしい農業”とは、ただの「いい話」ではない

近年、SDGsやサステナビリティという言葉とともに「エシカル消費」や「サステナブルな食」を意識する人が増えてきました。しかし、農業における課題は想像以上に根深く、複雑です。気候変動や人口減少といったマクロな要因に加え、現場では長時間労働や低賃金、ジェンダー格差、さらには児童労働や強制労働といった人権問題も存在しています。

こうした背景の中で今、人にも地球にもやさしい”フェアな農業”のあり方が求められています。それは、単に環境に配慮するというだけでなく、生産に関わるすべての人の尊厳が守られ、持続的に暮らしと地域を支える仕組みづくりを含んだ、新たな農業の形でもあります。

本記事では、農業の裏側にある構造的課題を「人権」と「ジェンダー」の視点から紐解きつつ、その解決の糸口としてどのようなアプローチが求められているのか考えていきます。

長時間労働・低賃金という“構造的な搾取”

日本では農業が長らく「家族経営」を基本としてきた歴史があります。そのため、雇用労働者に対する法的保護が十分に整備されてこなかったという背景があります。

例えば2021年のデータによると、年間300日以上働いている農業従事者は、男性で27%、女性で17%にのぼると報告されています(*1)。このような過酷な労働環境が常態化していることが、新規就農者の減少や若年層の離農につながっています。

この一端は、近年の「令和の米騒動」とも呼ばれるような動きからも見て取れます。猛暑による不作、需要回復による在庫逼迫、そして価格の高騰。コンビニや飲食店ではおにぎりの供給が不安定になるなど、一般の食卓にまでその影響が及びました。ただ、そもそも「なぜ米が足りなくなったのか?」という問いの裏には、農家の減少や労働環境の過酷さ、制度的な硬直性といった、見えづらい構造課題が横たわっています。

国際的に見ても、農業は最も搾取が生じやすい産業の一つとされています。多くの農業労働者は最低賃金以下で働いており、移民労働者や女性、若者といった脆弱な立場の人々が、より深刻な労働搾取の対象になりやすい現実があります。

農業に潜むジェンダー格差 ― 女性が見えないという“不平等”

農業の分野では、女性の存在は決して“少数派”ではありません。FAO(国連食糧農業機関)によると、途上国を中心に、世界の農業従事者の約43%は女性だと報告されています(*2)。にもかかわらず、女性たちは土地、資金、技術、情報、意思決定の場といったあらゆるリソースへのアクセスを制限されるケースが多く、その貢献は過小評価されがちです。

先進国である日本においても同様の傾向があります。農林水産省のデータによれば、日本の女性農業者数は減少傾向にあり(*3)、高齢化とともに後継者不足が深刻化しています。また、家事・育児・介護の負担が女性に偏り、農作業との両立が難しいことも、新たな女性の参入を阻んでいる要因です。

こうした状況は単なる“女性の問題”ではなく、農業全体の多様性と生産性、そして持続可能性を損なう深刻な構造的課題だといえます。

フェアトレードだけじゃない。多面的なアプローチが必要

近年、こうした課題に対する一つの解決策として注目されているのが「フェアトレード」です。生産者に最低価格を保証し、フェアトレード・プレミアムを通じて、地域の医療・教育・インフラに投資される仕組み。さらに、女性のエンパワーメントや児童労働の予防・排除に関する基準も含まれており、人権尊重型の取引モデルとして支持が広がっています。

たとえば、ケニアの女性コーヒー農家を支援するプログラムでは、土地の権利が女性に正式に移譲され、収穫量の向上と経済的自立を同時に実現しました。また、コートジボワールやニカラグアでは、水インフラの整備や女性起業支援がプレミアムで実現しています。

しかし、フェアトレードはあくまで“ひとつの選択肢”であり、すべての農家に適用できるわけではありません。認証取得にかかるコストや制度への適応、流通・価格の課題も無視できません。

だからこそ、必要なのは多面的なアプローチです。

  • 政策面では:減反政策の見直しや備蓄米制度の柔軟運用、女性農業者支援制度、スマート農業の普及など
  • 企業・団体では:人権デューディリジェンスの導入、エシカルな調達方針の策定と運用
  • 地域社会では:託児・育児サポート、ジェンダー教育、女性リーダーの育成機会づくり
  • 消費者には:「誰が、どうやって育てたのか」を意識した購買行動と、フェアトレードに限らない“背景を知る選択”が求められます

私たちにできること ― 無自覚から行動へ

「安い」「便利」だけを理由に選ばれた食材が、誰かの権利侵害や過酷な労働の上に成り立っているとしたら――。私たちの毎日の食卓は、そうした“見えないコスト”と無関係ではありません。

企業であればサプライチェーン全体の透明性確保や調達先の人権監査、自治体であれば女性就農者向けの支援体制整備。そして私たち一人ひとりは、フェアトレード製品や地域の顔が見える農産物を選ぶという小さな一歩から始められます。

「誰かが安く作っている」構造に無自覚なままでいるのではなく、「誰かの生活が守られる」買い物に変えていく。その一歩一歩が、フェアな農業と持続可能な未来につながります。

株式会社Brightでも、そうした小さな選択を積み重ねることで未来を変える取り組みを進めています。よろしければ、こちらの記事もご覧ください。

おわりに ― フェアな農業は「誰かのため」ではなく「私たちのため」

持続可能な農業とは、「環境」にやさしいだけではなく、「人」にもやさしいものでなければなりません。

「買い物は投票である」という言葉がありますが、それは決して大げさな話ではありません。毎日の小さな選択が、未来の食の在り方、そして働く人の尊厳に影響を与えているのです。

人にも地球にもやさしい農業を育てることは、誰かのためだけでなく、私たち自身の暮らしを守ることでもあります。今この瞬間からできるアクションを、ひとつずつ重ねていきましょう。

*1 農業雇用労働力の実態とその動向/農林水産政策研究所(令和3年12月)
https://www.maff.go.jp/primaff/kanko/project/attach/pdf/220228_R03koyo.pdf

*2 The Role of Women in Agriculture/国際連合食糧農業機関 (FAO)(2011)
https://www.fao.org/4/am307e/am307e00.pdf

*3 農業における女性の活躍推進について/農林水産省(令和5年1月)
https://www.gender.go.jp/policy/chihou_renkei/joho/pdf/kaigi/r04/11.pdf

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